2009年3月25日水曜日

可能性と広がりについて。

時に、見慣れた部屋や、とっくに覚えてしまった物語。ビールの味や煙草の匂い。ひょんなことから、色んなことを新しく見させてくれる。きっかけは単純なのですが、感動しました。
ベースの長田です。

数日振りに夜更かしをしています。
何でかといえば、無性に部屋でビールを飲みたくなったから。
もう、随分昔から、気付けば妙に酒が好きになっていて。煙草が好きになっていて。一日の終わりに、ウィスキーを飲みながら煙草を吸うのが至福なんだと思っていました。幸せを形にしようと思うと、そんな形にしかできなくなっていたんですね。我ながら浸っていますが。

いつでもどこでも、好きな場所で自分の好きなことをして生きようと、随分前に一つの決意をし、それに伴って覚悟をしたつもりでいました。馬鹿げた話です。しかし、時に、他人の作ったものが、おいおい、そうじゃないだろう、と教えてくれます。あまり気張り過ぎるんじゃないよ、いつかコケるぞ、と警告は鳴っていました。直向さと頑なさというのは、間違って走り出したときには、極めて有害なものです。特に、独善的な頃には。或いは、独善的な人間には。

外界を隔絶するということは、自分独りの世界で生きようとすることです。人との繋がりを絶って、価値観を拒絶して、自分の内にあるいいものだけを追い求める生活です。それも悪くはないと思っていました。今でも、幾らかはそのように思っています。しかし、やはり寂しいことです。他人の人生に関わって、自分の人生に関わって貰って、そうして得たいものもあります。それがどれ程の大きさかは分かりませんが、恐らくは重要なこと。そのように思います。
少し、真面目に具体的な話をするとしたら、まさにバンドです。バンドを組むにあたり、何かと考えることがありました。不安も迷いもありました。しかし、今は、この生活に満足しています。何となれば、誰かと何かを共有し続けることは、とても難しいことだから。止むを得ない事情で、断念しなければいけないこともあると知った今となっては、貴重なことだと思っています。本当に幸せなことだと思っています。好きな人たちと好きなことをして、自分が好きになれるものを作っていく。それは、恵まれていなければできないことでしょう。今の自分は、不当に幸せを享受しているように思えます。同時に、不当に優しく支えられているのだ、とも。そして、それがいつまで続くものかは、分からない、とも。

出来れば、今の幸せを正当なものにしたいと思っています。何かいいものを作って、誰かにそのいいものを届けられたら、と思います。自分一人で作ったものでなくても、構わないのかもしれません。他人の人生に関わりたいと思います。どんな形であれ、独善的な自分が関わって生み出されたものが、誰かのよいことに関われたら、と思います。


さて。そう思うのは、大根の葉っぱを食べたからです。これは、非常に酒に合いますし、食事にも合います。最初は、何、大根の葉っぱって食えるのか、と思っていました。余った葉っぱで何か作ろう、という知人に対して、不安と好奇心を込めて、美味しそうだねぇ、と言いながら、調理される様子を見ていたのですが、勧められるままに完成品を口にしてみて驚きました。調理方法は簡単。塩茹でして刻んで、唐辛子と砂糖と醤油、ごま油で炒めるだけです。インターネットの掲示板に書いてあったものを参考に作られたものです。これはなかなか。大根の葉っぱと言ったら、漬物なんかがオーソドックスだと思うのですが、手間隙掛けずとも美味しく食べられるんですね。驚きました。一分で出来ます。
お勧めの食べ方は、納豆に混ぜてご飯に掛ける。味付けは、少し濃い目がいいかも知れません。驚愕の美味さです。味噌汁なんかを作って残ったときに試してみて下さい。

と言っていたら、ビールも尽きました。いや、美味しかった。お休みなさい。

2009年3月19日木曜日

お腹が空いて、つい。

おお。気付いたら、絵が変わっている。
と思っている、ベース長田です。


森、ですね。


そう言えば。今日、ちらりと会話に昇ったことなのですが。それは森について。
以前、教えて貰ったことなのですが。ヨーロッパ人にとっての森とは、踏み入れてはならない場所、らしいです。人伝に聞いただけなので、実際にどうなのかは、分かりません。私には、海外の友人がいません。そう言えば、人が手を入れていない森に踏み入ったこともありません。ただ、あくまで想像の内に留まりますが、何となくそうなのかもしれないな、というような気もします。自然の森で迷って食われて土くれになる身体。一番濃厚に思える可能性です。
気が進むものではありませんね。



さて。素敵にネーミングして頂いた当ブログですが、元ネタは言わずもがなの有名童話。ご存知ですよね。舞台は森。置き去りにされ、迷い歩いて食われかける兄妹。しかし、最後は無事に帰宅して、ハッピーエンド。解釈についての議論は、またの機会にさせて頂きますが、粗筋はこんな感じだったような記憶があります。

話の中の兄妹は幸運でした。何故なら、帰ることが出来たのですから。もっとも、そんな状況下では、泣き叫びながら食われて死ぬ方が自然な成り行きです。森は恐ろしいところです。踏み入ってはならない場所です。誰もが例の兄妹のようにはいかない。よしんば、上手く帰れたところで、その先にあるものは、初めにあった幸福ではないに違いない。

嫌なら近づくな。そんな警告が頭の中で聞こえてきました。しかし、もう少し早く知りたかった。目印が残っている内に、早々に帰らねばなりません。帰ってどうなるかは分かりませんが、森の中に居るよりは、未だ可能性があります。しかし、目印はどこにあるのでしょう。


はてさて。それにつけても、このブログ。いい名前をつけてもらったものだ、と感心しています。
俺は、ドイツに行ってみたい。ありがとう、ponさん。

2009年3月13日金曜日

ライブ終了

先日のライブを終えてから、幾分、間が空いてしまいましたね。
多くの人たちに助けられて実現したライブでした。簡単ではありますが、この場をお借りして、御礼申し上げます。 また、時間を作って足を運んで頂いた皆さんに、感謝を。本当に、ありがとうございました。
これからも、チャックパパンを見守ってやって下さい。


と。真面目な文章が苦手なので、段々とボロが出てきました。ベースの長田です。

さて。ここ数日、何かとドタバタしておりました。久々に本気で走ったりもしました。 そうして思ったのですが。いやはや、本当に体力がない。分かってはいたのですが、実感して驚きました。まさか軽く百メートル走った程度で息が上がるとは。 情けない話ですね。やれやれです。


身体の衰えを気にしていたら笑われそうな年齢ではありますが。しかし、ものの本によれば、老化は、既に始まっているらしいですね。お肌の曲がり角も過ぎました。視力も落ちました。筋力も落ちました。
しかし、考えてみたら、人間の身体能力というものは、上昇する期間よりも下降する期間の方が長いわけです。それについて、大袈裟に嘆く必要はないのかもしれません。誰もが転落人生ですから。




などと言うと思ったら、大間違い。冗談じゃありません。

これまであったものが、自分の意思とは無関係に無くなるというのは、何につけても哀しいことです。
私は未だに慣れていません。空恐ろしいですし、何とも不安な気持ちになります。特に恐ろしいのは時間。これは財布の中の小銭と違って、徐々に徐々に、ゆっくりと進んでいくのです。 刻々と自身から消えてゆく恐怖。いつかは、どん詰まりに行き着くのが分かっている。そのために生じる、焦り。 不安の最中で、まさか今ではあるまいと思っていた瞬間は、唐突に明らかになる。




お腹が空きました。
完全に集中力が途切れました。
やれやれ。