お久しぶりです。ベースの長田です。
なんやかやと毎日の生活を送りながら、引越をしていました。
漸く新居に移り、インターネットも開通し、荷物の整理も一段落しました。
まぁ、まだまだ普通の生活をするには不備があるのですが。
取り敢えず、もう一息部屋を片付けたいところですね。
地道に頑張ろうと思います。
では、短文ではありますが、ご報告までに。
また、お会いしましょう。
2009年6月27日土曜日
マイケルまで。
すっかり夏もとい梅雨ですね。毎日生きているだけで大汗をかいている長田です。
さて。昨日の話だったでしょうか。
マイケル・ジャクソンが亡くなりましたね。驚愕しました。
マイケル、好きでした。
なんて不自然で格好いい動きなんだろう、と。
不自然さがスタイリッシュで際立っていることは、とても貴重なことだと思います。これは、きわめて個人的な見解ですし、意見を異とされる方も多いとは思いますが。
しかし、それはそれとして、私としては、生み出されたパフォーマンスというのは人工物であって自然なものではない、と主張してみたい。音楽にせよ、ダンスにせよ、それらは意図的に生み出されたものに違いありません。大した根拠ではありませんが、何ら意図を持たないパフォーマンスというものは、私には依然未知のものなのです。発想と志向を置き去りにしては、パフォーマンスがパフォーマンスたる意味も失われると考えるためです。
生み出されるパフォーマンスは、大まかにですが、自然を大きく写し取るものと、周辺を廃棄し目的たる一点を過剰なまでに特化させるものとに分けられるように思います。あまり偉いアーティストさんの例を挙げるのは恐縮ですので、チャックパパンを例に挙げますと、ピアノのタスクさんの即興演奏は前者の発想で作られていることが多いように思いますし、ギターにキスするうちのリーダーは常に後者です。
もっとも、このパフォーマンスの二つの特性というものは、どちらか一つのみで単独であるのではなく、一つのパフォーマンスの内に行為する人独自のブレンドで混ぜられるのです。つまり、先ほど私が述べたような例というのは、そのブレンドに対する評価です。まぁ、素人考えですので、深くは突っ込まないで頂きたいのですが。
さて。それで、話を戻して、マイケル・ジャクソン。
私は生でステージを見たことが無いのですが、ライブ映像やPVは好んで繰り返し見ています。何せ面白いので。
何作か彼の映像を見られた方には、あえて説明する必要もありませんが、彼のパフォーマンスは常に物語りの内で作り上げられます(まぁ、そうでないものもあるのは認めます。多くは、といった程度に受け取っていただけると幸いです)。ゾンビに襲われたり、ギャングが抗争をしていたり、盛り場をうろついたり、といった感じですね。私が面白みを感じるのは、この部分。歩く、走る、扉を開ける、といった動きを踊るという点。マイケルは、その自然な動作を、人工物に置き換えます。しかも、それが自然な動作でありながら完全に彼が生み出した人工物だと分かる形で。
マイケルの自然と人工のブレンドは、さすがキング・オブ・ポップスというだけあって、どのような音楽やダンスにおいてもジャンルの要素を越えて王道のスタイルを持っているように思います。それは、自然から人工への移行です。先に、自然な動作を人工物に置き換える、という話をしましたが、彼は楽曲の展開の中で、最初の自然的人工的表現から自然的な要素を廃棄することで、ストーリーの中に純粋に人工としてのパフォーマンスを導入します。このやり方が非常に格好いいのがマイケル・ジャクソンの魅力ですね。分かり易くいうと、テレビの中でビルを壊していた怪獣が突如テレビから飛び出してきた、といった感じでしょうか。
ここ数年は、何やかやと世間を騒がせていましたが、私はマイケルを大変魅力的なエンターテイナーであると思っております。事程然様に勝手な分析をして、自分が演奏するときに発想をパクらせて貰おうともしました。学ぶことが多く、また単純に酒飲みながら見ているだけで楽しい、そんなアーティストです。
清志郎に次いでマイケルまで。好きなアーティストが死んでいくのは、少し悲しい気持ちになりますね。
さて。昨日の話だったでしょうか。
マイケル・ジャクソンが亡くなりましたね。驚愕しました。
マイケル、好きでした。
なんて不自然で格好いい動きなんだろう、と。
不自然さがスタイリッシュで際立っていることは、とても貴重なことだと思います。これは、きわめて個人的な見解ですし、意見を異とされる方も多いとは思いますが。
しかし、それはそれとして、私としては、生み出されたパフォーマンスというのは人工物であって自然なものではない、と主張してみたい。音楽にせよ、ダンスにせよ、それらは意図的に生み出されたものに違いありません。大した根拠ではありませんが、何ら意図を持たないパフォーマンスというものは、私には依然未知のものなのです。発想と志向を置き去りにしては、パフォーマンスがパフォーマンスたる意味も失われると考えるためです。
生み出されるパフォーマンスは、大まかにですが、自然を大きく写し取るものと、周辺を廃棄し目的たる一点を過剰なまでに特化させるものとに分けられるように思います。あまり偉いアーティストさんの例を挙げるのは恐縮ですので、チャックパパンを例に挙げますと、ピアノのタスクさんの即興演奏は前者の発想で作られていることが多いように思いますし、ギターにキスするうちのリーダーは常に後者です。
もっとも、このパフォーマンスの二つの特性というものは、どちらか一つのみで単独であるのではなく、一つのパフォーマンスの内に行為する人独自のブレンドで混ぜられるのです。つまり、先ほど私が述べたような例というのは、そのブレンドに対する評価です。まぁ、素人考えですので、深くは突っ込まないで頂きたいのですが。
さて。それで、話を戻して、マイケル・ジャクソン。
私は生でステージを見たことが無いのですが、ライブ映像やPVは好んで繰り返し見ています。何せ面白いので。
何作か彼の映像を見られた方には、あえて説明する必要もありませんが、彼のパフォーマンスは常に物語りの内で作り上げられます(まぁ、そうでないものもあるのは認めます。多くは、といった程度に受け取っていただけると幸いです)。ゾンビに襲われたり、ギャングが抗争をしていたり、盛り場をうろついたり、といった感じですね。私が面白みを感じるのは、この部分。歩く、走る、扉を開ける、といった動きを踊るという点。マイケルは、その自然な動作を、人工物に置き換えます。しかも、それが自然な動作でありながら完全に彼が生み出した人工物だと分かる形で。
マイケルの自然と人工のブレンドは、さすがキング・オブ・ポップスというだけあって、どのような音楽やダンスにおいてもジャンルの要素を越えて王道のスタイルを持っているように思います。それは、自然から人工への移行です。先に、自然な動作を人工物に置き換える、という話をしましたが、彼は楽曲の展開の中で、最初の自然的人工的表現から自然的な要素を廃棄することで、ストーリーの中に純粋に人工としてのパフォーマンスを導入します。このやり方が非常に格好いいのがマイケル・ジャクソンの魅力ですね。分かり易くいうと、テレビの中でビルを壊していた怪獣が突如テレビから飛び出してきた、といった感じでしょうか。
ここ数年は、何やかやと世間を騒がせていましたが、私はマイケルを大変魅力的なエンターテイナーであると思っております。事程然様に勝手な分析をして、自分が演奏するときに発想をパクらせて貰おうともしました。学ぶことが多く、また単純に酒飲みながら見ているだけで楽しい、そんなアーティストです。
清志郎に次いでマイケルまで。好きなアーティストが死んでいくのは、少し悲しい気持ちになりますね。
2009年6月6日土曜日
時には人の演奏を
最近は、音楽を聴きながら飲み歩いています。長田です。
先日の話。ライブを見に行った。funk orchestra T.P.O.という格好いいミュージシャンが沢山参加しているビッグバンドのライブ。やたらに格好良かった。ロックバンドも好きだが、ブラバンも好きだ。管楽器はセクシーだ。きらきら光っているのも好み。
何ぞ妙な知人の縁で行くことにしたのだが、行ってよかった。
肝心の演奏だが、格好良かった。何であんな大人数で一体感が出るのだろう。不思議だ。それから、ソロを取るときの表情、あれの作り方を知りたい。そう。演奏もよかったが、それ以上に人が格好良かった。あんなに渋くてファンキーな男がうじゃうじゃいるビッグバンドは、あまりお目に掛かったことがない。
と、いつもと口調が違うことに特に意味はありません。
それにしてもビッグバンドが三組も集まると出演者の人数がとてつもないことになりますね。よく分からないけれど、出演者だけで60人以上居たようです。座りで百名以上入りそうな会場でしたが、立ち見が出ていました。テーブルについて、ビールを飲みながらチーズを食べながら、素敵な演奏を聴くことが出来たのはラッキーだったのかもしれません。
よく知らずに行きましたが、有名人も出演していました。といっても、俺が知った人だけなので、他にもいたのかもしれませんが。まぁ、どうでもいい話です。気持ちのいいものが聞けるならプロでもアマでも素人でも、何だっていい。でも、一番度肝を抜かれた人だけ書いておきます。ギターの玉川雄一さん。ゴスペラーズのサポートなんかもやっている人です。どう感動したか。そんなもん書けるか。という感じですね。読み物としては最低ですが、日記ですし、構うことはありますまい。
セッティングのシンプルさなんて、演奏の迫力とムードには関係ないな、という感想です。音量は普通なのに、ソロを引き始めた瞬間、ギターの音が凄まじい速度で膨張して風を巻き起こして部屋中を吹き抜けたようでした。いや、鳥肌が立ちました。凄い凄い。
と、こんなこと書いて面白がる人はいないわな。そろそろ終わりにします。
今夜は、知り合いのパーカッショニストがギターとのデュオでライブをするそうなので、仕事が終わったら見に行ってこようと思います。楽しみだ。
ではでは。また。
先日の話。ライブを見に行った。funk orchestra T.P.O.という格好いいミュージシャンが沢山参加しているビッグバンドのライブ。やたらに格好良かった。ロックバンドも好きだが、ブラバンも好きだ。管楽器はセクシーだ。きらきら光っているのも好み。
何ぞ妙な知人の縁で行くことにしたのだが、行ってよかった。
肝心の演奏だが、格好良かった。何であんな大人数で一体感が出るのだろう。不思議だ。それから、ソロを取るときの表情、あれの作り方を知りたい。そう。演奏もよかったが、それ以上に人が格好良かった。あんなに渋くてファンキーな男がうじゃうじゃいるビッグバンドは、あまりお目に掛かったことがない。
と、いつもと口調が違うことに特に意味はありません。
それにしてもビッグバンドが三組も集まると出演者の人数がとてつもないことになりますね。よく分からないけれど、出演者だけで60人以上居たようです。座りで百名以上入りそうな会場でしたが、立ち見が出ていました。テーブルについて、ビールを飲みながらチーズを食べながら、素敵な演奏を聴くことが出来たのはラッキーだったのかもしれません。
よく知らずに行きましたが、有名人も出演していました。といっても、俺が知った人だけなので、他にもいたのかもしれませんが。まぁ、どうでもいい話です。気持ちのいいものが聞けるならプロでもアマでも素人でも、何だっていい。でも、一番度肝を抜かれた人だけ書いておきます。ギターの玉川雄一さん。ゴスペラーズのサポートなんかもやっている人です。どう感動したか。そんなもん書けるか。という感じですね。読み物としては最低ですが、日記ですし、構うことはありますまい。
セッティングのシンプルさなんて、演奏の迫力とムードには関係ないな、という感想です。音量は普通なのに、ソロを引き始めた瞬間、ギターの音が凄まじい速度で膨張して風を巻き起こして部屋中を吹き抜けたようでした。いや、鳥肌が立ちました。凄い凄い。
と、こんなこと書いて面白がる人はいないわな。そろそろ終わりにします。
今夜は、知り合いのパーカッショニストがギターとのデュオでライブをするそうなので、仕事が終わったら見に行ってこようと思います。楽しみだ。
ではでは。また。
2009年5月31日日曜日
課外活動
先日の話になりますが。朗読会をやるのでその場で何曲か弾いてくれないか、と友人に頼まれ、ピアノのタスクさんと一緒に、のこのこ楽器を背負って出掛けてきました。会場は、神田にあるDEBORAHというお店。ビールと料理が美味しく、気負わずに過ごせて、大満足でした。
さて。珍しく、ピアノとギターのデュオでお邪魔してきたのですが、難しいやら面白いやら、何とも新鮮な気持ちになりました。チャックパパンを始めて以来、なかなか弾く機会のないギターですが、やっぱり弾いてみたら面白い。何となく、久々に古巣に帰ってきて、舞い上がった埃でくしゃみが止まらなくなったような感じでした。
そんなこんなで、と言っても、特に何を報告した訳でもありませんが、一イベント終了したので、俺も兄貴さんと洋平君を見習って曲を作ってみようかなと思います。まったく関係のない話ですが、ベースの絃を、少し太めのやつに張り替えてみたら、音がいい具合になってご機嫌です。
では。
2009年5月10日日曜日
徒然。
どうも、ご無沙汰をしております。ベースの長田です。
先日のライブに来てくれた皆様、どうも有り難うございます。中には、毎回遊びに来てくれる方もいらっしゃって、演奏している私としては嬉しい限りです。本当に有難うございます。これからも頑張らせて頂きますので、末永く宜しくお願い致します。
感想など、お気軽にメールを頂けると嬉しいです。このホームページの「contact」に、バンドのメールアドレスが載っておりますので。
と、面倒くさがるのはよくないですね。ここにも載せておきますので、お気軽にお便り下さい。メンバー一同、ありがたく読ませて頂きます。
001@chuckpapan.com
さて、昨日に続いて今週末はよく晴れましたね。もう、毎日汗をかき過ぎて干からびてしまいそうです。そんな次第で、コーヒーをがぶ飲みする今日この頃です。
そう言えば、蚊に刺された痒みに季節の移り変わりを感じます。
そうそう。雨男は俺かもしれません。
昔、バスケクラブに所属していたのですが、俺が参加した試合は全て雨が降りました。やれやれ。
先日のライブに来てくれた皆様、どうも有り難うございます。中には、毎回遊びに来てくれる方もいらっしゃって、演奏している私としては嬉しい限りです。本当に有難うございます。これからも頑張らせて頂きますので、末永く宜しくお願い致します。
感想など、お気軽にメールを頂けると嬉しいです。このホームページの「contact」に、バンドのメールアドレスが載っておりますので。
と、面倒くさがるのはよくないですね。ここにも載せておきますので、お気軽にお便り下さい。メンバー一同、ありがたく読ませて頂きます。
001@chuckpapan.com
さて、昨日に続いて今週末はよく晴れましたね。もう、毎日汗をかき過ぎて干からびてしまいそうです。そんな次第で、コーヒーをがぶ飲みする今日この頃です。
そう言えば、蚊に刺された痒みに季節の移り変わりを感じます。
そうそう。雨男は俺かもしれません。
昔、バスケクラブに所属していたのですが、俺が参加した試合は全て雨が降りました。やれやれ。
2009年4月27日月曜日
遅れを取り返そうと躍起になるが前に出れず。
早いもので、気付けば四月も終わり、ゴールデンウィーク目前ですね。
皆さん、如何お過ごしでしょうか、ベースの長田です。
最近、とある機材を購入しまして、弄くり倒して遊んでいる今日この頃です。
時間が飛ぶんですね、夢中になると。出掛ける時間の目前になって、しまった、と気付くことが多発しています。ヘッドフォンで音を鳴らしているものだから携帯が鳴っても気付きませんし、自分で気付かないと独りの世界から帰ってこられないんですね。ギターの洋平君が音作りに夢中になる感じが、何となくリアルに感じられました。
ところで、話は変わりますが。先々月から取り掛かっている自室の整理なのですが、まったく進んでいないことに今気付きました。暇を見つけては何かと作業を繰り返していたのですが、それはつまるところ、整理途中で荒れた部屋を片しているだけであって、デフォルトの状態に戻していることに他ならない、と。いやはや、一念発起して一気に行かないと駄目な気がしてきました。しかし、まぁ、果たしてそれはいつになることやら。唐突に物凄いやる気が漲って来てくれると嬉しいのですが。
考えてみたら、書籍やら機材やら、何も買わないというわけにもいかず、無駄を省いているつもりでも若干ながら物は増えていく訳ですね。最近では主婦層向けの部屋の整理術みたいな雑誌を立ち読みして、何か工夫でもしてみようか、などと検討するのですが、整理の極意とは、やはり物を増やさず一定量に保つことに他ならないようです。
しかし、そんなことはとうに実践している。やはり、もう一息徹底をすべきなのでしょうか。具体的には、図書館のフル活用くらいしか思いつかないのですけれど。しかしまぁ、発想は広く持つべき。もう少し頭を使ってみる必要がありそうです。
やれやれ。近況でも書こうかと思ったのですが、一体、何を書いているのやら。
魔窟と化した部屋に居住しているのだろう、と思われそうで不安になってきました。
それでは。
2009年4月13日月曜日
春。
花粉の季節ですね。すこぶる体調が悪くて不愉快な、ベース、長田です。
なんだか夜風が心地よい季節です。夜間の外出が楽しくてたまりませんね。だから、という訳でもありませんが、昨夜は、ピアノの丞さんに誘われて、下北沢へ彼の友人のバンドのライブを見に行ってきました。
久方ぶりの下北沢。思い切り道に迷いました。あった筈のライブハウスが見つからない哀しさ。もっとも、結果的には、単に自分が見落としたのを物忘れと思い込んでいただけで、以前あった場所にそのままあったのですが。
しかしながら、一旦忘れてしまうと思い出せないことというのは、それはそれで、なかなか多いものです。先日の失せもの話ではありませんが、記憶も、常日頃整理整頓してラベルでも貼っておく必要があるのかもしれません。
記憶、疑問ですね。人間の記憶は一体、どのようにして保管されているのでしょうか。今日の脳科学の発展は目覚しいものがありますし、テレビの中や雑誌には、事ある毎に脳神経について語っている学者さんがいますが、どうにも自分にはピンと来ない。もっとも、我々には胃の消化機能すら実感はできない訳で、実感できないこと、それ自体はどうということはないのですが。
しかし、無学ながらに考えてしまうのは、人間の脳を構成する物質自体は、人体の他の器官とさして違わないものであろうにも拘らず、何故に記憶の倉庫は脳なのか、ということ。別に、腕だって脚だっていいじゃないですか。あるいは、腎臓や膵臓でも。脳だって内臓のようなものだと思うのです。一体、記憶の倉庫であるという脳の機能は、どんな仕組みなのでしょう。
もっとも、もしかしたら全然構成物質が違うということも大いにあり得ますね。好き放題に述べたわりに、俺はよく知らないのです。
と、まあ、使い方は分からないけれど、勝手に機能してくれているものって多いですよね、みたいな感じで適当な感想を述べて終わります。今日は、何だかとても疲れました。それはおそらく、気温が高かったからでしょう。
脈絡がなくてすみません。やれやれ。
なんだか夜風が心地よい季節です。夜間の外出が楽しくてたまりませんね。だから、という訳でもありませんが、昨夜は、ピアノの丞さんに誘われて、下北沢へ彼の友人のバンドのライブを見に行ってきました。
久方ぶりの下北沢。思い切り道に迷いました。あった筈のライブハウスが見つからない哀しさ。もっとも、結果的には、単に自分が見落としたのを物忘れと思い込んでいただけで、以前あった場所にそのままあったのですが。
しかしながら、一旦忘れてしまうと思い出せないことというのは、それはそれで、なかなか多いものです。先日の失せもの話ではありませんが、記憶も、常日頃整理整頓してラベルでも貼っておく必要があるのかもしれません。
記憶、疑問ですね。人間の記憶は一体、どのようにして保管されているのでしょうか。今日の脳科学の発展は目覚しいものがありますし、テレビの中や雑誌には、事ある毎に脳神経について語っている学者さんがいますが、どうにも自分にはピンと来ない。もっとも、我々には胃の消化機能すら実感はできない訳で、実感できないこと、それ自体はどうということはないのですが。
しかし、無学ながらに考えてしまうのは、人間の脳を構成する物質自体は、人体の他の器官とさして違わないものであろうにも拘らず、何故に記憶の倉庫は脳なのか、ということ。別に、腕だって脚だっていいじゃないですか。あるいは、腎臓や膵臓でも。脳だって内臓のようなものだと思うのです。一体、記憶の倉庫であるという脳の機能は、どんな仕組みなのでしょう。
もっとも、もしかしたら全然構成物質が違うということも大いにあり得ますね。好き放題に述べたわりに、俺はよく知らないのです。
と、まあ、使い方は分からないけれど、勝手に機能してくれているものって多いですよね、みたいな感じで適当な感想を述べて終わります。今日は、何だかとても疲れました。それはおそらく、気温が高かったからでしょう。
脈絡がなくてすみません。やれやれ。
2009年4月3日金曜日
失せもの探し
昨日園田さんから送って貰った音源を焼こうとして、朝からCD-RWを探し続けている長田です。
まったく見付かりません。何処に行ってしまったのでしょう。
元来、失くし物は殆どしない性質なのです。何となれば、どれだけ部屋が散らかっていようとも、何処に何を置いたのかは記憶していますから。しかし、今回は弱りました。先日、急に思い立って部屋の模様替えをしたのが致命的でした。ここ数日で、手紙、音源、各種資料等々の消滅していることが相次いで発覚しました。中にはかなり重要なものもあったのですけれど。
恐らく、その場の勢いに乗じて、捨てたんでしょうね。
やれやれ、失敗しました。
2009年3月25日水曜日
可能性と広がりについて。
時に、見慣れた部屋や、とっくに覚えてしまった物語。ビールの味や煙草の匂い。ひょんなことから、色んなことを新しく見させてくれる。きっかけは単純なのですが、感動しました。
ベースの長田です。
数日振りに夜更かしをしています。
何でかといえば、無性に部屋でビールを飲みたくなったから。
もう、随分昔から、気付けば妙に酒が好きになっていて。煙草が好きになっていて。一日の終わりに、ウィスキーを飲みながら煙草を吸うのが至福なんだと思っていました。幸せを形にしようと思うと、そんな形にしかできなくなっていたんですね。我ながら浸っていますが。
いつでもどこでも、好きな場所で自分の好きなことをして生きようと、随分前に一つの決意をし、それに伴って覚悟をしたつもりでいました。馬鹿げた話です。しかし、時に、他人の作ったものが、おいおい、そうじゃないだろう、と教えてくれます。あまり気張り過ぎるんじゃないよ、いつかコケるぞ、と警告は鳴っていました。直向さと頑なさというのは、間違って走り出したときには、極めて有害なものです。特に、独善的な頃には。或いは、独善的な人間には。
外界を隔絶するということは、自分独りの世界で生きようとすることです。人との繋がりを絶って、価値観を拒絶して、自分の内にあるいいものだけを追い求める生活です。それも悪くはないと思っていました。今でも、幾らかはそのように思っています。しかし、やはり寂しいことです。他人の人生に関わって、自分の人生に関わって貰って、そうして得たいものもあります。それがどれ程の大きさかは分かりませんが、恐らくは重要なこと。そのように思います。
少し、真面目に具体的な話をするとしたら、まさにバンドです。バンドを組むにあたり、何かと考えることがありました。不安も迷いもありました。しかし、今は、この生活に満足しています。何となれば、誰かと何かを共有し続けることは、とても難しいことだから。止むを得ない事情で、断念しなければいけないこともあると知った今となっては、貴重なことだと思っています。本当に幸せなことだと思っています。好きな人たちと好きなことをして、自分が好きになれるものを作っていく。それは、恵まれていなければできないことでしょう。今の自分は、不当に幸せを享受しているように思えます。同時に、不当に優しく支えられているのだ、とも。そして、それがいつまで続くものかは、分からない、とも。
出来れば、今の幸せを正当なものにしたいと思っています。何かいいものを作って、誰かにそのいいものを届けられたら、と思います。自分一人で作ったものでなくても、構わないのかもしれません。他人の人生に関わりたいと思います。どんな形であれ、独善的な自分が関わって生み出されたものが、誰かのよいことに関われたら、と思います。
さて。そう思うのは、大根の葉っぱを食べたからです。これは、非常に酒に合いますし、食事にも合います。最初は、何、大根の葉っぱって食えるのか、と思っていました。余った葉っぱで何か作ろう、という知人に対して、不安と好奇心を込めて、美味しそうだねぇ、と言いながら、調理される様子を見ていたのですが、勧められるままに完成品を口にしてみて驚きました。調理方法は簡単。塩茹でして刻んで、唐辛子と砂糖と醤油、ごま油で炒めるだけです。インターネットの掲示板に書いてあったものを参考に作られたものです。これはなかなか。大根の葉っぱと言ったら、漬物なんかがオーソドックスだと思うのですが、手間隙掛けずとも美味しく食べられるんですね。驚きました。一分で出来ます。
お勧めの食べ方は、納豆に混ぜてご飯に掛ける。味付けは、少し濃い目がいいかも知れません。驚愕の美味さです。味噌汁なんかを作って残ったときに試してみて下さい。
と言っていたら、ビールも尽きました。いや、美味しかった。お休みなさい。
2009年3月19日木曜日
お腹が空いて、つい。
おお。気付いたら、絵が変わっている。
と思っている、ベース長田です。
森、ですね。
そう言えば。今日、ちらりと会話に昇ったことなのですが。それは森について。
以前、教えて貰ったことなのですが。ヨーロッパ人にとっての森とは、踏み入れてはならない場所、らしいです。人伝に聞いただけなので、実際にどうなのかは、分かりません。私には、海外の友人がいません。そう言えば、人が手を入れていない森に踏み入ったこともありません。ただ、あくまで想像の内に留まりますが、何となくそうなのかもしれないな、というような気もします。自然の森で迷って食われて土くれになる身体。一番濃厚に思える可能性です。
気が進むものではありませんね。
さて。素敵にネーミングして頂いた当ブログですが、元ネタは言わずもがなの有名童話。ご存知ですよね。舞台は森。置き去りにされ、迷い歩いて食われかける兄妹。しかし、最後は無事に帰宅して、ハッピーエンド。解釈についての議論は、またの機会にさせて頂きますが、粗筋はこんな感じだったような記憶があります。
話の中の兄妹は幸運でした。何故なら、帰ることが出来たのですから。もっとも、そんな状況下では、泣き叫びながら食われて死ぬ方が自然な成り行きです。森は恐ろしいところです。踏み入ってはならない場所です。誰もが例の兄妹のようにはいかない。よしんば、上手く帰れたところで、その先にあるものは、初めにあった幸福ではないに違いない。
嫌なら近づくな。そんな警告が頭の中で聞こえてきました。しかし、もう少し早く知りたかった。目印が残っている内に、早々に帰らねばなりません。帰ってどうなるかは分かりませんが、森の中に居るよりは、未だ可能性があります。しかし、目印はどこにあるのでしょう。
はてさて。それにつけても、このブログ。いい名前をつけてもらったものだ、と感心しています。
俺は、ドイツに行ってみたい。ありがとう、ponさん。
2009年3月13日金曜日
ライブ終了
先日のライブを終えてから、幾分、間が空いてしまいましたね。
多くの人たちに助けられて実現したライブでした。簡単ではありますが、この場をお借りして、御礼申し上げます。 また、時間を作って足を運んで頂いた皆さんに、感謝を。本当に、ありがとうございました。
これからも、チャックパパンを見守ってやって下さい。
と。真面目な文章が苦手なので、段々とボロが出てきました。ベースの長田です。
さて。ここ数日、何かとドタバタしておりました。久々に本気で走ったりもしました。 そうして思ったのですが。いやはや、本当に体力がない。分かってはいたのですが、実感して驚きました。まさか軽く百メートル走った程度で息が上がるとは。 情けない話ですね。やれやれです。
身体の衰えを気にしていたら笑われそうな年齢ではありますが。しかし、ものの本によれば、老化は、既に始まっているらしいですね。お肌の曲がり角も過ぎました。視力も落ちました。筋力も落ちました。
しかし、考えてみたら、人間の身体能力というものは、上昇する期間よりも下降する期間の方が長いわけです。それについて、大袈裟に嘆く必要はないのかもしれません。誰もが転落人生ですから。
などと言うと思ったら、大間違い。冗談じゃありません。
これまであったものが、自分の意思とは無関係に無くなるというのは、何につけても哀しいことです。
私は未だに慣れていません。空恐ろしいですし、何とも不安な気持ちになります。特に恐ろしいのは時間。これは財布の中の小銭と違って、徐々に徐々に、ゆっくりと進んでいくのです。 刻々と自身から消えてゆく恐怖。いつかは、どん詰まりに行き着くのが分かっている。そのために生じる、焦り。 不安の最中で、まさか今ではあるまいと思っていた瞬間は、唐突に明らかになる。
お腹が空きました。
完全に集中力が途切れました。
やれやれ。
多くの人たちに助けられて実現したライブでした。簡単ではありますが、この場をお借りして、御礼申し上げます。 また、時間を作って足を運んで頂いた皆さんに、感謝を。本当に、ありがとうございました。
これからも、チャックパパンを見守ってやって下さい。
と。真面目な文章が苦手なので、段々とボロが出てきました。ベースの長田です。
さて。ここ数日、何かとドタバタしておりました。久々に本気で走ったりもしました。 そうして思ったのですが。いやはや、本当に体力がない。分かってはいたのですが、実感して驚きました。まさか軽く百メートル走った程度で息が上がるとは。 情けない話ですね。やれやれです。
身体の衰えを気にしていたら笑われそうな年齢ではありますが。しかし、ものの本によれば、老化は、既に始まっているらしいですね。お肌の曲がり角も過ぎました。視力も落ちました。筋力も落ちました。
しかし、考えてみたら、人間の身体能力というものは、上昇する期間よりも下降する期間の方が長いわけです。それについて、大袈裟に嘆く必要はないのかもしれません。誰もが転落人生ですから。
などと言うと思ったら、大間違い。冗談じゃありません。
これまであったものが、自分の意思とは無関係に無くなるというのは、何につけても哀しいことです。
私は未だに慣れていません。空恐ろしいですし、何とも不安な気持ちになります。特に恐ろしいのは時間。これは財布の中の小銭と違って、徐々に徐々に、ゆっくりと進んでいくのです。 刻々と自身から消えてゆく恐怖。いつかは、どん詰まりに行き着くのが分かっている。そのために生じる、焦り。 不安の最中で、まさか今ではあるまいと思っていた瞬間は、唐突に明らかになる。
お腹が空きました。
完全に集中力が途切れました。
やれやれ。
登録:
投稿 (Atom)